チームの時代の幕開けと『SLAM DUNK』


 2022年末に公開され、国内動員数1,000万人を突破したのは、名作バスケットボールマンガを映画化した作品、『THE FIRST SLAM DUNK』でした。


 私(坂本那香子)は、チームコーチングの手法の1つであるシステムコーチングの資格を持っていて、チームの力というものに並々ならぬ関心をもっています。


 その観点から映画『THE FIRST SLAM DUNK』を見ると、あの5人のチームが、経営学や組織心理学の分野で実証的に明らかになっている、着実にパフォーマンスをあげ組織に変革をもたらすチームの特徴を、見事なまでに体現していることに驚かされました。


 例えば、メンバー同士の相互依存関係です。

 スラムダンクの主人公である桜木花道を含む湘北高校のバスケットボール部は、個性豊かなメンバーで構成されています。彼らはそれぞれ得意なプレースタイルや特技を持ち、個々の役割を担っています。誰もそれを1人で成し遂げることはできず、誰が欠けてもチームは成り立たないという意味で、チームメンバーは、相互に依存関係にあります。

 この相互依存関係は、ハーバード大学の社会・組織心理学の教授、リチャード・ハックマンが、2002年に米国で発刊した著書、『成功する経営リーダーチーム 6つの条件』で「真のチーム」と、ただの共同作業グループを分けた、最初の条件です。例え同じ空間で仕事をしていたとしても、相互依存関係のないメンバー同士は、真のチームとは言えません。


 『SLAM DUNK』のチームには、健全な行動規範や、その規範への共同責任も存在していました。

 これらを総称してハックマンは、「しっかりとしたチーム構造」と呼びました。『SLAM DUNK』のメンバー同士は、練習や試合中にお互いにしっかりとコミュニケーションを取り合います。時に乱暴で粗雑な言葉であったとしても、彼らは意思疎通を図り、お互いの考えや戦術を共有しながらプレーを進めます。また、困難な状況や挫折に直面した際にも、基本的にお互いを信頼し合っています。チーム内には、健全な行動規範や、その規範への共同責任が彼ららしい生き生きとした形で存在していました。


 更には、湘北高校のバスケットボール部の監督である安西先生の存在が、チームの驚異的なパフォーマンスに大きな影響を与えたことは間違いありません。安西先生は、ハックマンの言う「適切なチームコーチング」を継続的にチームに提供しています。映画のクライマックス手前、インターハイ常勝チーム豊玉に挑む試合のハーフタイム終了間際に、安西先生が言ったセリフは印象的でした。

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 「相手の安い挑発に乗って一人相撲のPG。予想された徹底マークに意地になって無謀な攻めを繰り返す主将。全国制覇とは口だけの目標かね。」

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 これらの端的な言葉によって、安西先生は、チームがどのような状況に陥っているのかを反映した上で、皆にチームの目的を思い出させています。


 私の好きなコーチングの定義に、「コーチングとは、自分たちがなれると思っているチームになるために、聞きたくないことを聞かせ、見たくない人を見せてくれる人だ」(NFLダラス・カウボーイズのコーチ、トム・ランドリー)という言葉がありますが、この安西先生の言葉はまさしくそれです。

 

 『THE FIRST SLAM DUNK』で描かれたチームの様子、すなわち、個性的なメンバーが集まり、コミュニケーションや信頼を通じて協力し合い、共同の目標に向かって成長していく様子は、チームワークの成功例として、注目に値します。


 前述のハーバード大学のハックマン教授は、1人の並外れた個人、英雄的なCEOがすべてを統率するアプローチは、複雑性や不確実性が上がり続ける経営環境において、もはや現実的でも有効でもないと言います。


 彼はそれを、「英雄的なCEOの失墜」と呼びました。

 代わりに台頭しつつあるのが、チームアプローチである、と。


 これは、皆さまには釈迦に説法かも知れませんが、一般的にチームとは、ただの集団ではなく、共通の目的を持つ集団であると定義されます。

 1998年以降、120以上の経営リーダーチームを調査したハックマン教授らは、『成功する経営リーダーチーム 6つの条件』で、経営リーダーチームが有効に機能するための条件を必須条件と促進条件の2つのカテゴリーに分け、以下6つの項目に整理しました。

 それぞれの項目を簡単にご紹介すると、以下のようになります。


■真のチームである

 真のチームが成立するための条件は、3つあります。

①相互依存関係にある:チームメンバーは集団的な仕事を行うために協力し合う必要がある

②境界が明確である:誰がチームメンバーで、誰がそうでないかは全員が知っている

③メンバーの安定性がある:適度な期間、安定したメンバー構成がなければ、集団はチームになることができない


■心に響く目的を持つ

 チームの目的は、単に個々のメンバーの役割の合計ではなく、会社の目的そのものでもありません。「組織の中に人財は数多しといえど、このチームしかできない仕事とはなんだろうか」という問いへの答えにチームメンバーが高揚する時、それがチームの目的です。


■適切なメンバーを選択する

 それぞれの分野に対する礼儀正しい情報交換以上の仕事をチームで成し遂げたいと思うなら、チームに誰を入れ、誰を入れないかは非常に繊細で重要な決断です。メンバーのスキルや経験だけではなく、概念的な思考力や共感力、誠実さなどにも着目します。


■しっかりとしたチーム構造を作る

 ①適切な人数(典型的には8、9人以下)、②明確な課題、③健全な行動規範、④その規範への共同責任の4点が、チームにとっての構造となります。


■必要なサポートを与える

 そのチームの仕事に不可欠な情報、教育、物的資源を提供した上で、チームメンバーがチームとしての責任を遂行したことを認知し、強化するような業績管理と報酬制度がチームのパフォーマンスのためには必要です。


■適切なチームコーチングを行う

 「最良のチームは継続的にコーチングを受けている」。リーダー本人がコーチングをすることもあれば、外部のコーチが手助けをする場合もありますが、チームの現状に対する振り返りを含めたコーチングは非常に有効です。



 以上が、チームに関する研究調査としては最も影響力があると言われるハックマン教授らのまとめです。


 その後、ハックマン教授らのこの研究に刺激され、様々な研究者がこれらの条件を実証的に検証してきました。次回のblogでは、2000年初頭のハックマン教授らの研究からその後、20年経った研究の蓄積のご紹介をしたいと思っています。


 私自身、組織の中で、チームになりたいと願いながら、チームになりきれないグループに何度も属してきました。よく思い出すのは、シンガポールにいた頃、毎月1回、部門長とその直属の部下7人が一つの会議室に集まって、様々な議題を検討していたDirect Report Meetingのグループです。私たちはお互いのことが好きでしたし、一緒になにかを成し遂げたいと願っていました。でも、その「なにか」が具体的になることはなかったり、メンバーの相互依存性が生まれなかったりで、私たちは共同作業グループの状態を抜け出すことができませんでした。あの時、ハックマン教授ら研究成果を知っていたら、何かが違ったのかも知れないと今でも思います。

 

 個が輝き、全体が生き生きと調和しながら、みんなでたどり着きたい場所へと向かっている。『THE FIRST SLAM DUNK』で描かれていたような、そんなチームに私も属していたいです。


 共通の目的に向かうための懸命な行動力を持つ小さな集団、すなわちチームは、世界を変える力を持っています。チームの力を信じ、情熱を注ぎ、未来への道を切り拓きましょう。

六月の村ソーシャルワーカーズ株式会社

六月の村ソーシャルワーカーズ株式会社は、だれ一人として不幸な人のいない社会を実現するために、様々な研修及びチームコーチングの提供を行っています。