チームコーチング基礎知識
世界最大のコーチの非営利団体である「国際コーチング連盟(ICF)」の報告によると、ICFに認定されたコーチの数は、2015年から全世界で33%増加し、2019年の推計で71,000人でした。コーチングの後進国と言われる日本でも、ICF認定コーチが2023年現在で既に1000人以上活動しており、エグゼクティブ・コーチングや、パーソナル・コーチングと呼ばれる1 on 1のコーチングは、徐々に知られつつあります。
それでも、例えコーチングという言葉は聞いたことがあっても、実際にコーチングをご自分で受けた経験はなく、その具体的中身は全く想像がつかないという方は、多いのではないでしょうか。
コーチングと言えば野球のコーチを思い出す、という声は、私も何度か聞いたことがあります。
コーチングが世界的にここまで認知度を得た大きなきっかけは、伝説的なテニス・コーチ、ティモシー・ガルウェイが1974年に書いた『インナーゲーム』という本です。なので、スポーツチームのコーチと、ここでいうコーチングは、実はそんなに掛け離れた概念ではありません。
でも、野球やテニスのコーチはともかくとして、職場で行われる「コーチング」も「チームコーチング」も全然想像できないという方も、どうかご心配なさらないでください。
特にチームコーチングについて言えば、もし、みなさんがチームコーチングという言葉を聞いたことがないとしても、それは当然です。なぜならチームコーチングは、世界的に見てもかなり新しい手法だからです。パーソナル・コーチングが1970年代からの歴史を有しているとするならば、チームコーチングは、せいぜい1990年代後半から2000年代初頭に登場した手法です。
昨今、チームコーチングは、ハーバード大学のリチャード・ハックマン教授などの研究によって、企業や教育機関、政府自治体などにおいて利用されるシーンが増え、多くの論文が発表されつつあります。米国のゼロックス社(Xerox Corporation)や、台湾のサイエンスパークに入居する87社のR&Dチームが協力した実証研究などによって、チームコーチングが、チームのパフォーマンスに与える影響が明らかになりつつあります。
ここでは、海外の研究成果を参考にしながら、チームコーチングとはなんなのかをまとめています。
例えコーチングにもチームコーチングにもなんの興味がなくても、チームのパフォーマンスにはとても興味がある悩めるリーダーの皆さま、あるいは、とにかく良いチームで良い仕事をしたいと願っている全ての人に読んでいただけたら嬉しいです。
この文章は、以下のような構成になっています。
1. なぜ、チームコーチングが必要か?
2. そもそも、チームコーチングとはなにか?
3. チームコーチングはどのような時に有効か?
4. チームコーチングはどのように進むのか?
そして最後に改めて、なぜ今、チームコーチングなのか?、をまとめます。だいぶ長丁場ですが、どうかお付き合いください。
1. なぜ、チームコーチングが必要か?
前述のテニスコーチ、ティモシー・ガルウェイは、
P = p – i
(Performance = Potential – Interference)
という、単純でパワフルな方程式を定義しました。
つまり、ある人のパフォーマンスは、その人の潜在能力がいかんなく発揮されたとき最大になり、なにか邪魔があればその分だけ減る、ということです。
同じことは個人だけではなく、チームに関しても言えます。
『学習する組織』の著者ピーター・センゲは、「驚くべきことに、メンバーの平均IQが120を超えているのに、全体ではIQ60程度の機能しか発揮できていないチームは本当に多い」と言います。
チームがその本来のポテンシャルを十分に発揮するためには、いくつかの条件があると、ハーバード大学のリチャード・ハックマン教授らは言います。
具体的には、以下のチャートをご覧ください。
出所)https://6teamconditions.com/
それぞれの条件の詳細は別稿に譲るとして、下向きになっている最初の三角形である促進条件の中に、「チームコーチング」が入っていることにお気付きでしょうか。
チームコーチングはそれぐらい重要な要素として、ハックマン教授らには認識されています。
更にもう1点、付け加えるとするならば、88の組織で268のチームを調査した2004年の研究では、ほとんどのリーダーが、チームコーチングを十分に行っていないという結果が出ています。その理由を、ハーバード大学のハックマン教授は、リーダー自身がチームコーチングのやり方を知らないからではないかと推測します(注2)。
本来ならもちろん、リーダーがそのリーダーシップ機能の1つとしてコーチングを提供できるのが最も望ましい姿ではありますが、実際はまだまだ外部のチームコーチに頼らざるを得ないのが現状のようです。
なにはともあれ、なんの邪魔も受けていないチームが、ティモシー・ガルウェイの方程式にしたがってそのポテンシャルを最大限に発揮した時、一体全体そこにはどんな光景が広がっているのか、私たちはそこでどんな体験をするのか、ぜひ見てみたいと切望するのは、私だけでしょうか?
2. そもそも、チームコーチングとはなにか?
それでは改めて、そもそもチームコーチングとはなんなんでしょうか? 野球やテニスのコーチではなく、組織に働きかけるチームコーチとは、一体、なにをどのようにするのでしょう?
チームコーチングは、簡単に言えば、チーム研修、チームビルディング、チームファシリテーションなどと並ぶ、チームへの介入方法の一つです。
チーム研修、チームビルディング、チームファシリテーションなどの介入手法が、チームのパフォーマンスに与える継続的な影響はなかなか証明されないのに対して、チームコーチングは、チームのパフォーマンスにポジティブな影響を与えることが、いくつもの論文で報告されています(注3)。
先述のハックマン教授は、2005年に既に、チームコーチングが有効かどうかを議論するのはもうやめて、どのような時にチームコーチングが有効なのかを検証すべきだと提言しました。その後も、チームコーチングがチームのパフォーマンスに与える影響を証明する研究は、増え続けています。
そのように有効性が明らかになってきているチームコーチングですが、残念ながら、他のチームへの介入手法に比べると歴史が浅いので、その定義には、まだまだブレがあります。
このままでは良くないと、イギリスのバークシャーにあるレディング大学のレベッカ・ジョーンズ助教授をはじめとした3人の研究者が2019年、文献研究とアンケート調査をつうじて「チームコーチングとはなにか?」を包括的に定義づけました(注4)。
ジョーンズらはまず、ハーバード大のハックマン教授のものを含むチームコーチングの定義をなんと15個、並べて検証し、その上で、アメリカやヨーロッパでチームコーチとしての実務経験を持つ410人のアンケートを回収しました。アンケートへの回答者の内、79%はコーチとしての資格を持ち、チームコーチとしての実務経験は平均で、7.8年でした。
その結果、導きだされたチームコーチングの定義は、以下です。
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チームコーチングは、チームを1つのシステムと見なし、チーム全体に集合的に適用される介入手法で、チーム学習およびチーム開発のために用いられます。
チームコーチングの目的は、チームのパフォーマンス向上、あるいはチームが共有する目標の達成です。
チームコーチングの手法としては、個人やグループでの振り返り、影響力のある内省的な質問に基づく対話などがあり、それらを通じて、メンバーの意識を高め、信頼関係を築き、コミュニケーションを改善します。
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実際にチームコーチングがどのようにチームと関わるのかについては、経験していただくのが最も手っ取り早いのですが、そうは言っても少しでも具体的にイメージしたいのがきっと人情というものでしょう。チームコーチ410人のアンケート結果を集計した、典型的なチームコーチングのあり方は以下のようなものです。
・チームの人数は9人程度
・1回のセッションの時間は、平均2.5時間
・通常は1回では終わらず、最低でも半年が望ましい
これらの情報から、チーム研修、チームビルディング、チームファシリテーションなどと比べて、チームコーチングは明らかに、チームへの負担が重たいことが見てとれます。
『チームコーチング―集団の知恵と力を引き出す技術』(英治出版)の著者、ピーター・ホーキンズは、有効に機能する本当のチームになるためには時間や感情面での投資が必要である、と言います。そこで、まずはあなたが、「そういったチームを欲し、必要としているのか、そのために必要なさまざまな投資をする心の準備があるのかを明らかにすることが大切だ」(p48)と、彼は説きます。
効果は実証されているけれど、負担の重たい手法であるチームコーチング。
それでは次に、どんな時にチームコーチングを使うと良いのかを、見てみたいと思います。
3. チームコーチングはどのような時に使うと有効か?
レベッカ・ジョーンズ助教授らは、チームコーチングは、複雑(Complex)で、繊細な機微が重要(Sensitive)な状況の時に、使われると良いと言います。
具体的なシチュエーション例として、彼女らは、以下をあげました。
・成熟したチームで外部環境の変化に俊敏に対応できていない
・チーム内に2〜3人の声の大きな人がいて、そこに対立がある。あるいは、他のメンバーが自由に発言できない状況に陥っている
・業績が上がらない継続的に状況が続いているが、誰も本来の原因についてオープンに語ろうとしない
チーム開発を専門とするコンサルティング会社、ザ・テーブル・グループの創設者 パトリック・レンシオーニによる、チームの5つの機能不全が、チームコーチングの現場ではよく引用されます。
・信頼の欠如 - グループ内で弱音を吐くことを嫌がる
・対立を恐れる - 建設的で情熱的な議論よりも人工的な調和を求める
・コミットメントの欠如 - グループでの決定に対して賛成のふりをする
・説明責任の回避 - 同僚や上司に行動を呼びかける責任を回避し、低い水準を設定する
・結果への無関心 - チームの成功よりも個人の成功、地位、エゴを重視する
これらの症状がチームに見られる時。それが、あなたがチームコーチングを検討すべき時です。
その上で、実際にチームコーチングを始める時期としてふさわしいのは、平穏期ではなく変動期だとハックマンは言います。
どんなチームも組織も、平穏期と変動期を繰り返します。それは、ごく自然なことです。そして、平穏期に大きな変化を起こそうとしても、多くの場合、組織の抵抗が強すぎて失敗に終わります。つまり、変化はその時点で、必要とされていないのです。
変動期は、色々なきっかけでやってきます。例えば、経営幹部の退職、どこかの事業部門の急成長や不振、部署の統廃合、企業買収、財務危機、新しい技術の登場、コロナ禍などの予期せぬ変化。
これらはすべて、平穏期を打ち破る変動期の幕開けです。
慢性的な症状としてレンシオーニの「チームの5つの機能不全」のいくつか、ないしは全てが見られ、かつチームがなんらかのきっかけで変動期に突入した時、あなたはこれまで温めてきたチームコーチングという新しいアイディアを、組織内で提案してみることを真剣に考えても良いのかも知れません。
4. チームコーチングはどのように進められるか?
チームコーチングの進め方については、いくつかのモデルが知られています。だいぶ学術的になってしまい恐縮ですが、代表的なものを3つ、ご紹介します。
① ハックマン教授らのBeginning / Mid / Endのプロセス
・Beginning → Motivational Coaching
・Mid → Consultative Coaching
・End → Educational Coaching
② 6ステップ・アプローチ Carr and Peters (2013)
・Agreement with team (チームとの合意)
・Pre-coaching assessment (コーチング前のアセスメント)
・Team offsite (オフサイト会議)
・Team Coaching Sessions (チームコーチングのセッション)
・Re-assessment and Review (再アセスメント)
・Validation (コーチングの効果検証)
③ ピーター・ホーキンスの「CID-CLEAR」プロセス
・Contracting 1 (契約1)
・Inquiry (調査)
・Diagnosis (診断)
・Contracting 2 (契約2)
・Listening (傾聴)
・Exploring (探索)
・Action (行動)
・Review (見直し)
これらの理論的なモデルを、私なりに一つにまとめたものが、以下です。
実際の場面ではもちろん、具体的な目的、目標、スケジュールなどを丁寧に相談しながら決めていくことになりますが、ここで特に強調したい重要な点は、以下の4つです。
・事務局との打合せや準備期において、しっかり何が最も重要な課題なのかについての診断を一緒に行い、チームコーチングが終了した時点でのゴールについて合意する
・プロジェクトチームであればプロジェクトのリズム、通常チームであれば四半期/半期などの業務のリズムと、チームコーチングがうまくシンクロしていると、より高い効果が望める
・チームコーチングの立上がり期や中間期に、コーチの関わり方や、チームコーチングのゴールを含めた見直しの機会が複数回、埋め込まれている
・適正なコーチングを実施するために、明確な相談窓口があることに加え、コーチングのレビュー制度や、終了時のアンケート調査などの仕組みがある
このようにして丁寧に進められるチームコーチングは、チームのモチベーションを大きく改善させ、チームのパフォーマンスに好影響があることが、多くの研究で実証されています(注5)。
5. 改めて、なぜ今、チームコーチングなのか?
このように、海外では既に大きく市民権を獲得しつつあるチームコーチングですが、日本ではまだまだ知られていないのが現状です。
その理由を私なりに考察すると、もしかするとそれは逆説的に、むしろ日本人は昔からチームワークが得意だからではないでしょうか。
サッカーでもラグビーでも野球でも、チームワークがその強みだと言われる日本。
個人の都合や願いよりも、チームの都合や願いが大切にされることが多い日本。
メンバーの同質性が高いチームの中で、あうんの呼吸で物事が進んできた日本。
そんな日本だからこそ、わざわざチームについて科学的に考える必要性も、外部のコーチを招いてチームのパフォーマンスを向上させる必要性も、これまで十分に認識されなかったのではないでしょうか。
でも、今、時代は大きく動いています。
メンバーの多様性を大きな力に変え、チームとして一緒に目的を達成するための方法を考えることが、いよいよ必要になってきました。
チームコーチングによって、チームワークの日本が新たな境地を切り開く日もそう遠くない予感が、私にはあります。
【参照文献】
注1)
ピーター・ホーキンス『チームコーチング――集団の知恵と力を引き出す技術』英治出版 (2012/4/11)、p51
注2)
RICHARD HACKMAN and R. Wageman (2005), A Theory of Team Coaching, The Academy of Management Review 30(2)
注3)
Heimbecker, D. R. (2006). The effects of expert coaching on team productivity at the South Coast Educational Collaborative. Boston University.
Liu, et al.,(2009). DISSEMINATING THE FUNCTIONS OF TEAM COACHING REGARDING Research and development TEAM EFFECTIVENESS: EVIDENCE FROM HIGH-TECH INDUSTRIES IN TAIWAN, SOCIAL BEHAVIOR AND PERSONALITY, 37(1), 41-58
Peters, J., & Carr, C. (2013). Team effectiveness and team coaching literature review. Coaching: An International Journal of Theory, Research and Practice, 6(2), 116-136.
注4)
Rebecca J. Jones, Uwe Napiersky, and Joanne Lyubovnikova (2019). Conceptualizing the distinctiveness of team coaching, Journal of Managerial Psychology, 34(1)
注5)
Chin-Yun Liu, Andrew Pirola-Merlo, and Chin-Ann Yang and Chih Huang (2009). DISSEMINATING THE FUNCTIONS OF TEAM COACHING REGARDING Research and development TEAM EFFECTIVENESS: EVIDENCE FROM HIGH-TECH INDUSTRIES IN TAIWAN, SOCIAL BEHAVIOR AND PERSONALITY, 2009, 37(1), 41-58
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